彼女は笑わない
ト:二人、川沿いの遊歩道
冬也:飲みすぎた~。
優:まったく。 いつものことじゃないですか。
優:…ちょっと、そこで休みますか?
冬也:あぁ…そうする。
優:お水どうぞ。
冬也:サンキュ。
優:開いてますけど。
冬也:ん? そんなこと気にしねぇよ。
冬也:中学生じゃあるまいし。
優:そうですか。
冬也:(水を飲む)…ふぅー。
冬也:なぁ?
優:はい。
冬也:全然飲んでなかったな。
優:得意ではないので。
冬也:楽しいか?
優:楽しいですよ。
冬也:ならいいんだけど。
優:私、楽しくなさそうですか?
冬也:あんまり笑わないしな。
優:よく見てますね。 私のこと好きなんですか?
冬也:あほか…痛っ。
優:どうしました?
冬也:いや、目に…ゴミが…。
冬也:入ってる?
優:…顔近いです。
優:そもそも暗くて見えません。
冬也:はは、ごめん…痛ぁ。
優:酔いすぎです。
優:誰にでもそうやってるんですか?
冬也:いいや。 ちょっと酔いすぎたな。
優:だいぶ飲まされてましたもんね。
冬也:今日は社長がいるからって、近くに座らされたからな。
優:知ってます。
冬也:やれ、彼女だ結婚だって根掘り葉掘り。
冬也:相手なんかいねぇってのに。
優:あれ、そうでしたっけ?
冬也:おう。
優:そうでしたか。
優:今はいないんですか? 好きな人。
冬也:…いねぇよ。
冬也:ってか、社長と同じこと聞くのな。
優:気に障りました?
冬也:別に。
優:いつからいないんですか?
冬也:…高校卒業してからいねぇよ。
優:へぇ。
冬也:んだよ。
優:いえいえ。
優:…フラれたんですか?
冬也:あぁ…まぁな。
優:なんでフラれたんですか?
冬也:聞きたいのか?
優:ほかに話題あります?
冬也:…まぁいいけど。
冬也:たいした理由じゃねぇよ。
冬也:高校卒業して、俺は大学に進んだけど、相手は自分の道に進みたいからって言うからさ。
優:…。
冬也:もちろん、応援するしとは言ったよ。
冬也:でも、それ以上は聞き入れてもらえなかった。
優:一方的だったんですね。
優:…まだ、好きなんですか?
冬也:いや、もう未練はねぇよ。
冬也:ま、自分に原因があったかもしれないしな。
優:どんなですか?
冬也:どんなって…わかんねぇけど。
冬也:相手を恨むくらいなら、自分を呪ったほうがいい。
冬也:それだけだ。
優:…かっこつけですね。
冬也:なんとでも言え。
冬也:俺はそうやって、逃げてきた。
優:情けないですね。
冬也:っ…。
冬也:やけにつっかかんのな。
優:酔ってるんですよ。
冬也:飲んでないだろ。
優:そうでした。
冬也:ったく。
冬也:…で、お前はどうなんだ?
優:私はいいですよ。
冬也:話題がねぇだろ。 お前の番。
優:興味あるんですか? 私のこと好きなんですか?
冬也:お前、それ好きな。
優:てゆうか、お前じゃないです。
優:名前ありますし。
冬也:あぁもう、わかったよ。
冬也:優ちゃんはどうなんですか?
優:馴れ馴れしいですね。
冬也:なんなんだよ。
優:まぁいいですけど。
冬也:彼氏とはうまくいってるの?
優:…。
冬也:あれ。
優:このご時世、その発言はセクハラですよ。
冬也:ぅえぇぇえぇぇぇ。
冬也:すんません。
優:まぁ、いいですけど。
冬也:で?
優:切り替え早。
優:はぁ…いません。
冬也:そうだったか。
冬也:どのくらい?
優:……いません。
冬也:嘘こけ。
優:そんなこと嘘ついてどうするんですか。
優:女子に言わせるんですか?
冬也:あぁ…。
優:私は…なんでもありません。
冬也:…?
冬也:…お前さ。
優:澤井です。
冬也:優ちゃんさ。
優:…はい。
冬也:俺のこと知ってる?
優:私は誰と話してるんですか?
冬也:俺が誰かっていう意味じゃなくて。
冬也:大学、一緒だったの知ってた?
冬也:ついでにサークルも。
優:まぁ…一応。
冬也:一応、か。
冬也:俺は…覚えてたけどな、はっきり。
優:そうなんですか?
優:なんで声かけてくれなかったんですか。
冬也:サークルの人数も多かったし、お前が入ってきたとき就活真っ只中で、あんまり顔出してなかったし。
冬也:覚えてないだろうと思ってさ。
優:ふーん。
冬也:…俺さ。 …いや、いいか。
優:なんですか?
冬也:え? あぁ…。
優:続けてどうぞ。
冬也:…。
優:…で、なんですか?
冬也:…酔っぱらいの戯言だと思って聞いてくれ。
優:はい。
冬也:俺さ…一目惚れだったんだよ。
冬也:…お前のこと。
優:…今更ですね。
冬也:はは。
冬也:だから、入社してきたときは驚いた。
優:なら、尚更声かけてくれればよかったじゃないですか。
冬也:…奥手なんだよ。
優:ふーん。
優:今はどうなんですか? 私のこと好きなんですか?
冬也:聞くか、それ。
冬也:まぁ…かわいいとは思ってるし、仕事も頑張ってるとは思う。
優:答えになってません。
冬也:あー。
冬也:改めて、こうして再会して、やっぱり…好きだなって思ってる自分がいる。
冬也:でも、それまでだ。 俺は、その先へ進めない。
優:…未練ですか?
冬也:いいや。
冬也:ただ…嫌われたくなくて、捨てられることが怖くて…自分がかわいいだけだ。
優:…。
優:それでいいんですか?
冬也:…いつまでもそれでいいとは(思ってない)。
優:(被せて)
優:私は…。
冬也:…?
優:私は…笑わない。
冬也:…なんで?
優:というか、笑えないんです。 心から。
優:話しましょうか。 私が、笑えない理由。
冬也:…。
優:まぁ…酔っぱらいの戯言だと思って聞いてください。
ト: 間
優:小学生の頃でした。
優:私、好きな子がいたんです。
優:いつも一緒に帰ったり、公園で遊んだりしてました。
優:泥団子なんか、何日もかけてすごいピカピカの作ってくれて。
優:それを私にプレゼントしてくれたりしました。
優:その子は、私のこと大好きだって言ってくれて。
優:私も、その子が…本当に、大好きでした。
冬也:…そう、か。
冬也:その彼は今、どうしてるんだ?
優:亡くなりました。
冬也:…。
優:トラックに轢かれてしまったんです。
優:…私の目の前で。
優:即死でした。
優:信号が青になった瞬間に飛び出しちゃって。
優:あとから聞いたんですけど、トラックの運転手は心臓発作だったみたいです。
優:恨むに恨めませんよね。
優:たった今、一緒に笑いあってた人が、一瞬で目の前から消えてしまった。
優:私が笑えば、誰かが不幸に…不運を負わせてしまうような気がして。
優:私のせいで…。
優:それ以来、好きな人の前では笑えなくなってしまいました。
冬也:…トラウマ、か。
優:簡単に言うとそうなりますかね。
冬也:…簡単なことじゃないよな。 すまん。
優:だからいいんです、もう。 私は。
優:誰かを不幸にするくらいなら、私が笑わなければいい。
優:簡単です。
冬也:…愛想悪く見えるぞ。
優:どうとでも。
優:私はそうやって生きてきました。
ト: 間
冬也:(立ち上がって)
冬也:試しによ。 笑ってみろよ。
優:…え?
冬也:どうせ、それは思い過ごしなんだし。
優:嫌です。
冬也:その発言は、俺のことが好きだと捉えていいってことか?
優:自惚れですか?
冬也:辛辣だな。
優:先輩の前では…笑いたくありません。
冬也:なんでだよ。
優:…好きだからです。
ト: 間
冬也:…え。
優:だから…笑いたくありません。
冬也:えっと…えぇ?
優:笑えなくても、恋愛感情くらいはあります。
冬也:…いつから?
優:大学時代からです。
冬也:そうだったのか…。
優:先輩が卒業して、諦めようって思いました。
優:私に恋はできない。 そう、言い聞かせて。
冬也:じゃあなんで、この会社に入ってきた?
優:それは、たまたまです。 本当に偶然で。
優:だから、先輩を見かけたときは、本当に驚きました。
冬也:ふーん。
冬也:…俺はさ。 お前の笑顔が好きなんだ。
冬也:…忘れられない。
優:見たことあるんですか?
冬也:もちろん。
優:先輩の前では、笑ったことないですよ?
冬也:「俺の前では」だろ?
冬也:…気になる人のことは、いつだって気になる。
冬也:笑ってる時も、真剣な時も。
冬也:何もかも愛しく思える。
冬也:そんなもんだろ。
優:でも。 私は笑いません。
ト: 間
冬也:俺は…もう一度、お前のあの笑顔が見たい。
優:先輩?
冬也:どんな不幸だろうが、どんな不運だろうが、全部受け止めてやる。
冬也:お前が立ち止まりそうになったとき、暗い気持ちに沈んだとき、全力で引っ張ってやる。
冬也:お前が好きなところに、好きなだけ連れてってやる。
冬也:つまらないかもしれないけど、冗談だっていっぱい言ってやる。
冬也:愛してるって…何度でも。
冬也:だから…。
冬也:笑ってくれよ。 一緒に。
優:先輩…。
優:ふふ…澤井です。