今日こそペンギンは空を飛ぶ
「ねぇ、見て! ペンギンが飛んでるみたい!」
良く晴れた日の空に、ペンギンが翼を広げて飛んでいるようだった。
素っ気ない返事をするキミ。
「鳥が苦手」って聞いたこともあったから、ペンギンもあまり好きじゃないのかな?
すごくカワイイのに。
隣にはカワウソ。
カワウソみたいな顔のキミ。
冗談で言ってみたら、思いきり吹き出した。
あながち間違ってないと思うんだけど。
それからはちょっとほぐれたのか、笑顔も見えるようになって。
一番興味深そうに見てたのは深海魚。
なかでも、ダイオウグソクムシの展示を、十分くらいジッと見てた。
男子って、なんでこういうのが好きなのかな。
ムシじゃん。
そのあとも色々見て回ったけど、最後にもう一回と、ペンギンを見に戻った。
落陽に照らされる影は、未だに空を飛んでいるみたいで。
せっかくの初デート。
記念に、ぬいぐるみのペアストラップを買うことになった。
グソクムシを手にしたキミの意見は却下。
ムシだもん。
目に留(と)まったのはペンギンのストラップ。
すごくカワイイ。
バッグにもちょうどいい大きさだし、これにしよ。
ついでに買ったグソクムシクッキーを食べながら帰路に就く。
別れ際、お互いのバッグにペンギンを付けた。
揺れる翼が羽ばたいているようにみえる。
私たちは順調に交際を続けた。
色んな所に遊びに行ったし、たくさん思い出もできた。
もちろん、ケンカもそれなりに。
そんなある時、私のペンギンがいなくなってることに気がついた。
必死になって探したのに、全然みつからなくて。
「また買えばいいよ」なんて、優しい言葉もくれたけど、初めてのデートで買ったストラップだもん。
ショックは大きかった。
そう。 私のペンギンは、地に落ちたのだ。
それがきっかけじゃないけど、そのころから、なんとなく ぎこちなくなってしまった。
キミはそんなつもりじゃなかったかもしれないけど、以前よりもキミが苛立って見えたし、以前よりもキミが素っ気なく見えたし。
デートの回数が減っていって。
ケンカの回数が増えていって。
ちょっとしたことで、大ゲンカになってしまった。
長い沈黙が続いたあと、キミが放った言葉は、「楽しくなさそう」って。
私はね、キミと一緒にいることがすごく楽しいし、もちろん、キミのことが大好きなんだ。
思っていても、口から出てこなくて。
「私の独りよがりだった」って。
「ごめんね」って。
素直に伝えられたらよかったのに。
部屋に残された私は、目を腫らして泣いていた。
静かになった部屋はどうしたって淋しいから、落ち着いたら、夜風に当たりに行こう。
滲む月を零しながらキミを想う。
そのうち我慢ができなくなって、俯いて、立ち止まって、しゃがみこんだ。
傍ら(かたわら)にはペンギン。
…ペンギン?
拾い上げると、すこし汚れたペンギンだった。
見覚えのあるペンギンだった。
キミの苦手なペンギンだった。
こんなに近くにいたのに、気づかなかった。
気づいてあげられなかった。
「ごめんね」
今なら言える気がする。
ちゃんと伝えたいから、勇気をください。
祈るように掲げたペンギンは、夜空に羽ばたいた。